事務局からのお知らせ

「明日へ」第8回 「薬剤科の立ち上げ」編 NEW

引き続き、薬剤科立ち上げ編です

3月17日 三重県支援薬剤師到着、感冒患者が増え、薬袋を使用、小児用水薬も含め在庫数が増加した

破傷風トキソイド到着

3月18日 三重県支援薬剤師に調剤、事務員に在庫管理業務としてのリスト作成、インスリン注依頼あり

3月20日 医師会より支援薬剤到着

3月22日 院外処方箋発行 米崎コミセンを集配所とし、盛岡の院外薬局までの配送は日本赤十字社が行い、翌日調剤、

米崎コミセンに配送、患者に渡るまでは3日間を要した(一部は5日間かかることも) 米崎コミセンではその間の調剤を担う

4月4日 院外薬局開業、30日分の処方も可能となった

 

三重県薬剤師は、「よく来てくれた」という問いかけに、

「だって逆の立場だったら来てくれるでしょ」と応えたという..

 

「明日へ」第7回 「薬剤科の立ち上げ」編 NEW

シリーズ「明日へ」は第7回、8回で、高田病院の薬剤科機能の立ち上げを

引き続き石木先生スライドと記録誌「あの日わたしたちは..」よりご紹介します

震災により、市内調剤薬局、薬剤問屋までも全壊した陸前高田市にある

岩手県立高田病院では、診療拠点を米崎コミセンに移し、以下の様に薬剤科を立ち上げます

 

3月13日 被災していない市内深慮所、医院より降圧薬、抗血小板薬を数百錠、狭心薬、睡眠薬など約百錠の提供を受ける

3月14日 米崎コミセンにて業務再開

薬品の聞き取り調査、調剤は看護師、品薄のための代替品に関する情報提供を薬剤師が行い、処方日数は最大3日分として対応した

「血圧の薬」や「血液をさらさらにする薬」などの聞き取りにて調剤したという

3月15日 救援物資、医薬品が14日に続き到着、また衛星電話にて医薬品の発注を開始

広田診療所と二又診療所への診療応援するためもあり使用医薬品リストの作製を開始した

困ったのは、精神科の薬や、量りも分包器もない小児用薬への対応だったようである

3月16日 小児用シロップの依頼を受け、一関より入荷、県立中央病院より薬袋が到着した

辛苦を耐え、薬剤部機能が徐々に回復する様が伺えます、また16日高田病院の職員は、素の宿泊拠点を

米崎コミセンより住田診療所に移ることになり、バスで移動を開始しています.

「明日へ」第6回 検査科立ち上げ!

シリーズ「明日へ」第6回は、引き続き高田病院石木前院長のスライドより、検査機能の立ち上げのクロノロを

ご紹介します

 

3月18日 検査機能立ち上げ

3月19日 岩手県立大船渡病院(距離 10.5km)で検体搬送による検査実施

3月21日 米崎コミセン停電から回復

3月22日 ドライケミストリー法による生化学検査器機POCT、簡易血糖測定器機到着

3月23日 検体検査 2件実施 市内で唯一の検査機関となっていた

と確実に検査機能の回復を図ります

検査可能項目

3/23 Na, K, BUN, Cre, t-Bil, AST, ALT, LDH, γ-GTP, CK, T-Cho, TG, HDL-C,Glu, Troponin-T, H-FABP, 尿定性、Flu

3/24 CRP

3/25 HbA1c, PT-INR

3/26 CBC

3/28 A群溶連菌, RSV, アデノ,ノロ,ロタウイルス,レジオネラ,肺炎球菌

3/29 TP, Alb, UA

3/30 ALP、D-dimer, AMY, Ca, NT-proBNP, ミオグロビン、血液ガス分析

と続きます

岩手医科大学医学部 小児科学講座 小山 耕太郎 先生 寄稿

 東日本大震災から6年が経ちました。この間、全国の皆様から多くの温かいご支援をいただきましたことに厚く御礼申し上げます。日本小児科学会、日本小児救急医学会におかれましては、東日本大震災小児医療復興新生事務局を通して、全国の小児科医の皆様に被災地における診療応援を募集していただき、心より感謝申し上げます。被害が特に甚大であった気仙地域の県立大船渡病院と高田病院、内陸の遠野病院、胆沢病院、磐井病院にはこれまで多くの先生から応援をいただきました。あらためて御礼申し上げます。

 

 東日本大震災津波は、岩手県では、死者4672名、不明者1122名、そして多数の震災関連死をもたらしました。現在、県内の被災地は大規模なかさ上げ工事が終わり、遅れていた災害公営住宅の建設も進んでいます。医療提供施設の多くが再開されており、仮設で診療している高田病院も、平成29年度中の開院に向け、高台での工事が続いています。しかし、今も1万3283名の方が、仮設住宅で不自由な生活を強いられています。盛岡以外の県内各医療圏はもともと医師不足に悩んでいましたが、特に被災地は、地理的な特徴から医療圏が孤立しやすく、支援が困難です。昨年の台風第10号で再び被災した岩泉町と久慈市も他の医療圏から遠く離れており、県立久慈病院では大学から派遣した小児科医が、一人科長として、地域の子ども達を守っています。

 

 まだまだ苦難の続く被災地の皆様にとって、小児科医の確保は、地域で生きる支えのひとつであると思います。今後とも皆様の応援をお願い申し上げます。

平成29年3月11日

  岩手医科大学医学部小児科学講座教授

  小山耕太郎

小山顔写真

 

「明日へ」第5回

3月22日 高田病院入り口です..

03_22_高田入口

 

津波後の内部です..

津波後_院内

 

自宅のバラの鉢植えや何年も時間をかけて株をふやしていたアツモリソウの鉢はどこにもありませんでした、と後年石木先生はその体験記で語っておられます..