事務局からのお知らせ

「明日へ」第3回

あの日より3日目、3月14日、大きな避難所を回り、

ごった返す避難民を目の当たりにした石木先生は、以下の4つを

大きな方針として打ち出します

1.地域に救護所を建てる

2.慢性疾患に対応できるように検査態勢を整える

3.緊急用の薬(抗凝固薬、降圧薬、ステロイド、喘息用薬剤)を確保する

4.調剤薬局を立ち上げる

 

救護所は、気仙町、竹駒・矢作地区、高田町、米崎町、小友町、広田町と選定

高田町→3/12午後より、日本赤十字社(高田第一中学校内)

米崎町→3/14より高田病院(米崎コミセン)

広田町→広田診療所(広田小学校)

気仙町→3/15より高田病院

竹駒・矢作地区→支援隊(公民館)

小友町→3/20ころより支援隊、近隣開業医

3月17日ころには、全国の支援チームが駆けつけ、各救護所に向かってくれたとのことです

写真は3月20日

3_20_支援隊

「明日へ」第2回

避難した12日当夜から、患者が数人訪れた米崎コミセン、

聴診器、血圧計、薬、何もない中アドバイスだけして帰宅してもらい

職員の皆様は、近所の方々が持ち寄った着替え、布団、そして

おにぎりと味噌汁の炊き出しでようやくに眠りにつきました

翌13日、朝から患者は50名ほど来院、近隣の介護保険施設に併設されたクリニックから

解熱剤などの緊急薬のみ分けてもらい診療を再開しました....

受付 診察室

待合

 

東北大学大学院医学系研究科小児病態学分野 呉 繁夫 先生 寄稿

今日は2017年3月11日。14時46分に黙祷を行い、丁度6年前となった「あの日」のことを思い出しながら、この文章を書いています。現在、震災で大きな被害を受けた宮城県内の小児医療施設は、ほぼ震災以前の診療機能を取り戻しています。これも全国の方々からのご支援の賜と心より御礼申し上げます。そのなかで、石巻市夜間急患センター小児科には、現在も東日本大震災小児医療復興新生事務局を通じて、小児科医師の派遣を頂いています。震災6年経った現在も多くの先生方のご支援が続いていることは感謝に堪えません。また、この診療支援を支えて頂いている日本小児救急学会や宮城県庁医療整備課の方々に心より御礼申し上げます。昨年12月1日より、石巻市夜間急患センターは、重症例への対応等で石巻赤十字病院小児科との連携強化を目指し同院敷地内に移転しました。未だ小児科医師不足が続いている石巻市夜間急患センターを今後とも「ほそくながく」ご支援頂ければ幸甚に存じます。

平成29年3月11日

呉 繁夫

Phote (Kure S)

「明日へ」第1回

「あの日」を振り返るシリーズ(第回)

「あの日から」シリーズ(第回)を受けまして

新シリーズ「明日へ」で、

それでもなお、力強く踏ん張り、辛苦を堪え、診療を再開する

高田病院職員の皆様の様子を掲載させて頂きます.

こちらの内容は、2016年7月1日 仙台において行われた第30回日本小児救急医学会学術集会

特別講演 「被災した陸前高田市の医療復旧と小児医療」 岩手県立高田病院

前院長 石木幹人先生より頂いた貴重なスライド資料からの転載となります.

 

3月12日14時過ぎようやく、患者35名の搬送を終えた高田病院の職員の皆様は

米崎コミュニティーセンターで一晩を過ごすことになります.

その後、「米崎コミセン」は、高田病院が職員一丸となって

診療再開ののろしを高々と上げた拠点ともなりました.

ただ、当時の同センターは停電で真っ暗だったとのことです….

米崎コミセン

日本小児救急医学会雑誌 15巻1号 78-83 (2017年)

日本小児救急医学会 災害医療委員会 東日本大震災継続支援ワーキンググループの活動報告を

掲載させて頂きます(こちら